育児が離婚の原因に 私の離婚経験談 いくつかの岐路を間違えてしまった。。。

離婚
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離婚を考える理由は夫婦それぞれだと思いますが、
育児もその理由のひとつになっているとことは
間違いありません。
 

 

今回、そこに至るまでの
私が経験した岐路について
いくつか紹介したいと思います。
 

 

結婚当初、夫は行きたいところは私の行きたい所、
食べたいものは私の食べたいものといった具合で、
自分で言うのもなんですが、
結婚して子供ができるまではラブラブの夫婦でした。
 

 

主人は毎日定時で帰宅して、
家事炊事洗濯はすべて手伝ってくれましたし、
土日の休みの時も率先して風呂洗いなどしてくれて
食事も作ってくれる誰もが羨ましがる夫でした。
 

 

性格的には人づきあいが下手で感情を表に出すのが
とても苦手な方でした。
 

 

昔、なんだか機嫌の悪い主人と夕食に行った時に
隣に座っていた男性が会計に立ち上がった際、
190cmもあろうかという長身であまりに驚いて
 

 

「すごいすごい」
と背の高さをはやし立てたら
 

 

「ほかの男の話なんかするな」
と突如怒りだし、わけがわからず理由を聞くこと3時間
 

 

一週間前に私の自宅に遊びに来た時に
タンスの奥に昔の彼氏との2ショットの写真をみつけて
ショックをうけていたことを白状しました。
そんな主人がそのころは、とても愛おしかったのですが、
その後その矛先がまさか子供に向くとは思ってもみませんでした。
 

 

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育児が離婚の原因に 私が直面した岐路その1

感謝の気持ちをと思いやりのこころをもち態度や
言葉で表現するという事をすっかり忘れてしまっていたのです。

 

 

結婚して1年多胎児を授かり、
すぐに切迫流産で入院することになりました。

 

 

私たち夫婦はずっとべったりだったので少し不安を覚えました。
一人でいられるのだろうか大丈夫だろうかと。

 

 

入院してからというもの毎日病室にきては
夕食を病院で食べ面会時間ぎりまでいすわり帰宅する
という生活を出産するまで続けていました。

 

 

病院でもかいがいしく飲み物をかってくれたり、
洗濯物をいれかえてくれたりと本当に献身的でした。

 

 

なのに、自分のことしか見えてない私は、
自由に外を歩きまわれる主人を攻め、
どうして自分だけがこんな出産を
しなければいけないのかと愚痴ってばかりいたのです。

 

 

双子育児が始まり、一人でも大変なのに二人もなんて
本当に大変でした。

 

 

人三倍責任感の強かった私は、
育児本を何冊も読みあさり育児を完璧に
やろうとはりきりすぎました。

 

 

布おむつを使い何十枚ものおむつを洗濯し、
母乳オンリーで双子を育て、
昼寝、沐浴、散歩、寝かしつけるまで、
とにかくほぼ完璧にこなし、そのリズムを崩されることを嫌ったのです。

 

 

もちろん、主人のこともちゃんとやりましたよ。
それが私の役割だから。
朝どんなにつらくても起きて食事の支度をし、
弁当を作りなどですね。

 

 

夜は早々と一人で二人の子供のお風呂に入れ、
子供を寝かしつけ、主人が帰ってきたら、夕食の支度をしました。

 

 

主人は、子供の顔を見たがったりましたが、私は寝た子を起こしてくれるなとつっぱねました。
 

育児が離婚の原因に 私が直面した岐路その2

育児を仕事化してしまった私
育児はひとりでやるものではない上手に旦那を使うべし!
 

 

今思えば、私がもう少し上手に甘えて
主人にも色々と手伝ってもらえば、
主人も自分の価値をみいだせたのだろうと思います。
 

 

でも、お風呂にいれると沈めてしまうし、
夜泣きをして、二人も泣いているのに絶対に起きない、
とにかく、何をしていても危なっかしくて、
見ていられなかったのです。
 

 

子供が2歳になるころでしょうか。。。
 

 

主人が既に自分の価値を見いだせなくなりつつある時、
私も少しは反省し、これではいけないと主人に子供を
預けて近所に食材の買い物にいってみようと試みました。
別に遊ばなくても良いから目だけ離さないで欲しいとお願いして。
 

 

買い物をすませて帰ってくると子供の泣き声が、、、
え?驚いて中に入ると、そこには眠りこけた主人と
玄関先に落ちた子供が・・・
 

 

幸いにも段差があまりなく、怪我にはいたらなかったものの・・・
 

 

イライラする気持ちをおさえながら、
また別の日に今日はお庭に出て遊んであげて欲しい
と頼み 家の中を掃除することにしました。
 

 

しばらくすると、子供がベソをかきながらやっていました。
どうやら主人は草ぬきをしていて主人の持っていた釜が
手にあたって指が切れたと・・・
 

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育児が離婚の原因に 私が直面した岐路その3

過ぎたことは水に流し根にもたないこと

 

 

最後のこの運命の分かれ道、
これが離婚への決め手となっていったのかもしれません。

 

 

切迫流産で4カ月から入院を余儀なくされ歩くことも
トイレさえもベット上ですまさなければならないという
屈辱に耐え、まずい減塩食事を食べ3度の熱をだし
酸素マスクをつけられ、お腹の張りどめの点滴を
通す針がさせなくなるほど血管がぼろぼろになって
やっとの思いで産んだわが子をいとも簡単に傷つけるなんて・・・

 

 

私は到底ゆるせませんでした。
この瞬間を許せるほど心はひろくなかったのです。

 

 

それともう一つこのころいわゆる
マタニティーブルーといわれる病気にかかっていたのです。

 

 

少しお話しますと主人と会話はできるのですが
同じ空間に存在することがどうしてもゆるせませんでした。

 

 

お疲れさんと肩に手を置かれることも
気持ち悪くてふりはらっていました。

 

 

そのころから主人が少しづつ子供に
やきもちをやくようになり
子供にいらいらしているのが
見てとれるようになりました。

 

 

結局いろいろなことがほかにも重なり
すべていろいろな面でタイミングが合わず
離婚への道へつながっていったわけです。

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育児が離婚の原因に 私の離婚経験談 いくつかの岐路を間違えてしまった。。。まとめ

どの選択が正しいのかはだれにもわかりません。

 

 

自分の選択がただしかったのかどうかそれは
今でもわかりませんが
主人へのいらいらから解放されて
私は 楽になりました。

 

 

金銭的は本当に大変ですけれども
子供と一緒に協力し合って
今はがんばって生きております。

 

 

これを読んで離婚への道を選ぶの
離婚への道を回避するのか その選択権は
あなたの手にあります。

 

 

どの道をえらんでも
のちのち後悔だけはしないように がんばってくださいね。

 

 

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